実際の症例

私たち歯科医師は、治療の際、狭いお口の中で歯を観察するため、診療イス(歯科用ユニット)に付いているライトを様々な角度に動かします。しかし術者が実際目で見ている世界(観察視軸)はライトの当たっている世界(照射軸)とズレが生じているため、必ず影ができ、暗くてよく見えない領域が発生します。
ましてや歯の内部となると、一般的な治療環境では真っ暗で、ほとんど手探りで治療を行わざるを得ません。

根管治療は神経・血管領域を処置する外科治療です。これを手探りで行うというのは、無影灯も付けずに、極端に言えばアイマスクをして手術をする外科医と同じようなものです。このような治療環境では極めて困難が伴います。

このように歯科治療を「医療」という観点から今一度考えると、通常の治療環境・設備の下での根管治療は極めて確実性が低く、治療後の再発やトラブルのリスクが高くなることは容易に想像できるでしょう。

そこで、根管治療をより確実なものにするため、米国歯内療法学会では手術用顕微鏡を治療に導入するよう、1998年より専門医育成レベルからトレーニングすることが義務化されました。眼科・脳神経外科などですでに活躍していた手術用顕微鏡を用いることで、観察視軸と照射軸が一致し、暗い歯の内部まで無影灯で照らしているかのように精査することができるようになりました。
さらに顕微鏡本来の機能である術野の拡大ができることで、肉眼では見落としてしまうような部分を詳細に確認することができます。手術用顕微鏡を根管治療に用いることは、その治療を成功に導くための大きなアドバンテージとなりました。

そして、この手術用顕微鏡のみならず、ラバーダム防湿による衛生的な治療環境、歯科用超音波装置、柔軟性の高いニッケルチタン製ファイル、その他専用の器具や器材を用いることで、術前の診査診断はもとより、治療がより確実に、そして効率的に行えるようになってきました。歯内療法の世界では、医療機器の進歩とともに、今までは予知性が不確実ゆえに抜歯になっていた歯を救うことができるようになってきたのです。

ここでは、手術用顕微鏡を用いた実際の根管治療をご紹介いたします。

症例1「他院で抜歯と言われた」~歯根破折の疑い~

症例1

「他院で抜歯と言われた」~歯根破折の疑い~

①術前(口腔内)

患歯は右上第二小臼歯。被せものが外されており、金属の土台(支台築造)のままになっています。当初は銀色の被せものが入っており、被せものを外してやり直しの治療を行う予定だったそうです。

②術前(エックス線写真)

金属の土台は太く、根尖には広範囲に渡って黒い影が認められます。この影の位置と大きさから、「歯が割れているようなので、治療計画を変更し、抜歯してインプラントにしましょう」と前医に説明を受けたそうです。転院先の歯科医院より、患歯の精査と可能な場合の再根管治療の依頼として、当院をご紹介いただきました。

③術中(根管内:手術用顕微鏡下)

ラバーダム防湿下で金属の土台のみを丁寧に取り除きます。根管はひょうたん型をしており、手探りだけではきれいにできているかどうか、確認しづらい難しい形態をしていました。高倍率で根管内を確認したところ、完全な破折線は認められませんでしたが、深部にひび割れ(クラック)のような細い縦線が一部認められました。

④術直後(エックス線写真)

歯が大きく割れている場合は保存困難となりますが、今回の症例では患者さんのご要望も踏まえ、保存を試みることとなりました。根尖にはまだ黒い影が広く残ったままですが、歯の内部はきれいになったため、根管充填を行いました。この症例では、今後の外科的歯内療法の可能性も考慮し、内部を詰める材料に通常のものとは異なる特殊な歯科材料(MTA)を用いています。

⑤術後6ヶ月(エックス線写真)

紹介元の歯科医院にて新しい土台が入り、仮歯で様子を見て半年ほど経ちました。当初の黒い影は薄くなり、周囲の健康な骨と同じ状態へと回復している様子がうかがえます。感染が適切に取り除かれれば、病変は患者さんご自身の治癒力で確実に治っていきます。

⑥術後8ヶ月(口腔内)

治癒傾向が確認できたため、紹介元の歯科医院できれいな被せものを入れていただきました。今後は歯根破折のリスクをマネージメントするべく、歯周病・むし歯のケアだけでなく、噛み合わせも含めて紹介元の歯科医院にて定期チェックを受けていただきます。

症例2「ブリッジに必要な歯を残したい」~複雑な根管形態~

症例2

「ブリッジに必要な歯を残したい」~複雑な根管形態~

①術前(エックス線写真)

患歯は左下第二大臼歯。ズキズキする激しい痛みで眠れない夜が続いているとのこと。現在つながった被せもの(ブリッジ)が入っていますが、診査の結果後ろ側だけが外れてぷかぷか動く状態でした。再根管治療が必要ですが、また同じような被せものを入れて噛めるようにするには、この歯の存在はとても大切です。

②術前(根管上部:手術用顕微鏡下)

紹介元の歯科医院でブリッジの後ろ側のみ切断してもらい、患歯の精査を行います。むし歯だけが染まる専用の液(ウ蝕検知液)で歯質の状態を確認。赤く染まっている部分がむし歯です。これだけむし歯ができていると、根管内深くまで細菌感染が及んでいることは想像に難くありません。まずは本当に歯が残せるのかどうか、染め出される歯質をすべて取り除いていきます。

③術中(根管上部:手術用顕微鏡下)

赤く染め出されるむし歯をすべて取り除きました。引き続きラバーダム防湿ができる状態なので、衛生的な環境下で治療を続けることができます。歯の保存が可能と判断し、本格的にやり直しの根の治療(再根管治療)へと移っていきます。まずは前の治療で入れてもらった根管充填材を取り除いていきます。

④術中(根管内:手術用顕微鏡下)

根管はCの字を描いたようなとても複雑な形態をしていました。根「管」といってもストンと筒状になっている症例はほとんどなく、器具を出し入れするだけではきれいにできない領域が必ず存在します。ましてやこのような形態では、明るく拡大した治療環境でないと本当にきれいにできているかどうか確認できません。

⑤術直後(根管内:手術用顕微鏡下)

Cの字の根管(C-Shaped Canal)はアジア人に多く、その出現率は30%以上と報告されています。このような歯は米国歯内療法学会では治療の難易度の高い症例として分類されています。
根管内がきれいになったので、根管充填を行いました。カーテン状になっている部分も不足なく緊密に充填することができました。

⑥術直後(エックス線写真)

一番後ろの歯が無事残せました。今後の治療計画は前回と同様のブリッジを作製することとなりました。ブリッジ作製後は噛み合わせの調整や定期チェックが大切です。もし不適切な治療が繰り返されるとまた再発することになり、しまいには抜歯になってしまいます。その場合、次は入れ歯かインプラントしかありません。ご自分の歯がしっかりと残せることは、何ものにも代え難いものになります。

⑦術後8ヶ月(口腔内)

前回と同様のブリッジが新しく入りました。以前は保険のブリッジでお口の中が暗い印象でしたが、白いブリッジにしたことで笑顔が自然になりました。

⑧術後8ヶ月(エックス線写真)

術前に認められた根尖部の透過像は、きれいに消失しています。今後はかかりつけ医のもとで、歯周病、むし歯とあわせて噛み合わせも一緒に定期チェックをしてもらいます。

症例3「自分の歯は残せるのかどうか、本当のことを知りたい」~破折線の有無~

症例3

「自分の歯は残せるのかどうか、本当のことを知りたい」~破折線の有無~

①術前(口腔内)

患歯は右下第二大臼歯。銀色の被せものが入っています。今までなんともなかったのに、2ヶ月前より急に歯ぐきが腫れるようになり、噛むと痛みを伴うようになったそうです。
舌側に限局的な10ミリの歯周ポケットが存在していました。すでにいくつも歯科医院を巡っており、どの歯科医院でも「歯が割れているようだ」と説明を受けたそうです。

②術前(エックス線写真)

セカンドオピニオンとして当院にご紹介で来院されました。エックス線写真から、根尖周囲に黒い影が認められます。10年前に行ったという前回の根管治療は不十分なように思われます。
口腔内診査の時点で、歯が割れている可能性が強く疑われましたが、現時点では根管内に残っている細菌感染なのか、歯の破折なのか、腫れの原因をはっきりと特定することができませんでした。

③術中(根管上部:手術用顕微鏡下)

治療が中断になる可能性があることにご同意いただいた上で、被せものを外してみることになりました。歯が割れているかどうか、ラバーダム防湿下で歯の内部を確認していきます。
セメントによる土台を削り取ってみると、線状のものがうっすらと見えてきました。むし歯も取りながら顕微鏡下で詳細にチェックしていきます。線の位置は深い歯周ポケットのある部分に一致していました。

④術中(根管上部:手術用顕微鏡下)

古い根管充填材を取り除きながら、破折線を専用の液(メチレンブルー)で紫色に染め出してみます。破折線は根管の深い部分へとつながっていました。この症例のように歯の破折と深い歯周ポケットが一致して存在する症例では、引き続きの保存治療が困難です。残念ですがこの症例では治療中断となってしまいました。しかし、患者さんは、自分の歯が本当のところどうなっているのか、写真でしっかりと確認することができました。

上記症例写真は、患者さんにご同意を戴いたうえ、個人が特定できないよう配慮した状態で掲載しております。
掲載写真や内容の無断転載・複製・改変を禁じます。利用されたい場合は必ず当院へご連絡ください。